「三年の命」(横溝正史)

興味を引く素材がいくつも使われています

「三年の命」(横溝正史)
(「双生児は囁く」)角川文庫

篠山博士と川治三郎が
介抱した青年は、
この上ない美貌を持っていたが、
その足は
まるで赤子のようだった。
篠山博士はその足を
「いまだかつて一度も
歩くことも立つことも
なかった足」と結論づける。
青年は、
それまで暗黒の世界で…。

もし、作者名を伏せて
本作品のテキストを100人に読ませ、
評価させるとすると、
ほぼ100人全員が
落第点を付けるはずです。
現実離れした筋書き、
具体性に欠ける設定、
必然性の薄い展開、
難点をあげるときりがないでしょう。
それもそのはず、本作品は横溝正史
昭和2年に著した初期作品、
しかもそれまで短篇のみだった横溝が、
初めて書いた
中編(文庫本で90数頁)なのです。
しかしながら興味を引く素材が
いくつも使われています。

【主要登場人物】
軽部芳次郎
…謎の青年。美貌の持ち主。
 名前は仮のものらしい。
篠山龍三
…医学博士。
 路上に倒れていた芳次郎を救う。
篠山道子
…龍三の妻。芳次郎の面倒を見る。
川田泰子
…篠山博士の姪。
川路三郎
…泰子の恋人。
吉川美枝子
…吉川伯爵の夫人。
 愛のない夫との関係に嫌気がさし、
 芳次郎に興味を持つ。
江川侯爵
…隠遁生活を送る毒薬学者。
 美枝子の叔父。
 芳次郎の過去に関係している。
深田
…江川侯爵に仕える男。
鈴木正
…鈴木伯爵の次男。
 泰子に想いを寄せる。
沢野英哉
…龍三の従兄。芳次郎の父親。
 江川侯爵が憎んでいる。
 二十数年前に行方不明となる。

本作品に見られる興味深い素材①
生後二十年間、暗闇で過ごした青年

軽部芳次郎なる主人公、
なんと生まれてから二十年間、
光のない一室でベッドの上で育てられ、
一日一回の水とパンを与えられて
生きてきたという設定。
これをどうとらえるかが、
本作品の評価に
つながってくると思われます。
水とパンのみで20年間
生きながらえるのは不可能でしょう。
ベッドに横たわったままであれば
身体機能はまともには成長しません。
暗室で長期間過ごせば、
視覚神経も衰えるはずです。
そこを問題にしなければ、この設定は
かなりセンセーショナルであり、
猟奇的であり、不可思議であり、
常識を超越した
ミステリとなり得るのです。

本作品に見られる興味深い素材②
濃く深い血縁、世代を越える復讐劇

その芳次郎は、実は救出した篠山博士と
血縁関係があるという事実が
明かされます。
たまたま行き倒れていたのではなく、
篠山博士の行動歴を勘案しての
計画的なものなのです。
この血縁関係が
ドラマを生み出す筋書きは、
後の横溝の得意とした分野です。
創作開始当初から、
そうした日本的なドロドロした血縁に
注目していたことを
窺い知ることのできる作品と言えます。

本作品に見られる興味深い素材③
重なる愛憎、交錯する男と女の想い

川路は泰子とほぼ婚約した間柄、
芳次郎は泰子への思いを行動に移す、
美枝子は芳次郎に惹かれて
破滅の道を歩む、
正は泰子に懸想し芳次郎に決闘を挑む、
男女の思いが複雑に交錯します。
これも後の横溝ミステリの
随所に見られます。

素材は強烈なものを揃えたのですが、
シェフの調理技能が今ひとつ及ばず、
それらを生かし切れていないという
印象を受けます。
しかしながら本作品の延長線上に、
「八つ墓村」「獄門島」
「悪魔が来りて笛を吹く」
「悪魔の手毬唄」等の傑作群が
誕生したと考えられるのです。

本作品を単独で読むのではなく、
横溝の創作過程の
一つのパーツとして読み込むと、
いろいろなことが見えてくる作品です。
熱烈な横溝ファン、
そしてミステリの源流を
探ろうとしているあなたに
お薦めしたい一品です。

〔本書収録作品一覧〕
汁粉屋の娘
三年の命
怪犯人
空家の怪死体


双生児は囁く

(2022.1.21)

SplitShireによるPixabayからの画像

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